SL28とSL34 — ケニアが生んだ、黒すぐりの酸
2026-07-10
SL28、SL34。品種名としては素っ気ない記号ですが、ケニアのコーヒーが持つあの鮮烈な酸味を語るとき、この二つは避けて通れません。
スコット研究所の選抜番号
SLはScott Laboratories(スコット農業研究所)の頭文字です。一九三〇年代、当時イギリス統治下にあったケニアで、この研究所が既存のコーヒー樹から優良個体の選抜を行いました。その際の管理番号が、そのまま品種名として定着したのです。
SL28は、干ばつ耐性を持つとされたタンガニーカ(現タンザニア)由来の系統から選抜されました。遺伝的にはブルボン系に連なるとされています。SL34はナイロビ近郊の農園にあった一本の木から選抜されたもので、当初はフランス人宣教師がもたらした系統(フレンチミッション・ブルボン)に由来すると考えられていました。ただし後年の遺伝子解析により、SL34の出自はティピカ系に近い可能性が指摘されており、従来の説明は見直されつつあります。
黒すぐりと表現される酸
両品種を特徴づけるのは、強く明快な酸です。ブラックカラント(黒すぐり)、グレープフルーツ、トマトといった言葉で表現されることが多く、糖度の高い果実感と結びついたとき、他に代えがたい印象を残します。ケニア産のコーヒーが世界的に独自の地位を築いてきた背景には、この品種特性があります。
ケニア特有の精製方法も、この酸を際立たせる役割を果たしています。発酵と洗浄を二度繰り返すダブルウォッシュや、洗浄後に水に浸けおくソーキングといった工程が、クリーンで輪郭の鋭いカップを作り上げます。
抵抗性という弱点
SL28もSL34も、さび病やコーヒーベリー病(CBD)に対する抵抗性を持ちません。ケニアの研究機関はこの弱点を克服するためにルイル11やバティアンといった耐病性品種を開発し、普及を進めてきました。
しかしカップの評価においては、依然としてSL系統が上位を占める場面が多い。生産者は病害リスクと品質の間で、毎年判断を迫られています。SL28の畑が減り続けているという現実は、私たちが「良いコーヒーを飲める」という前提が決して自明ではないことを教えてくれます。
番号のままであること
多くの品種が土地の名や人の名を冠するなかで、SL28とSL34は研究所の管理番号のまま世界に流通しています。この無機質さが、かえって選抜という営みの実像を伝えているように思います。何百本の木を観察し、記録を取り、番号を振り、その中から残すものを決める。そういう地道な作業の先に、あの一杯があります。